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上田邦介:著『土佐光起「本朝画法大伝」の「大胡粉」の秘密』

上田 邦介:著

 



 白土は珪酸アルミニウムを主成分とする粘土質の土です。中でも景徳鎮の磁器に使用される白土「高麗(カオリン)」は有名で、洋画材メーカーが油絵具の体質顔料として販売している為、知っている人もいると思います。古くは中国で白土が墓室の内壁に塗られていました。現在の日本ではあまり使用されなくなりましたが、江戸時代前期の文献『本朝画法大伝』には3種類あった胡粉の一つとして「白堊(はくあく)」という名前で紹介されています。また、この白色顔料は別名で「大胡粉」と呼ばれていました。他の2種類は鉛白と貝灰(江戸時代後期の胡粉は貝灰のみ)です。

 アルカリ分を多く含む長石(カオリナイト)が元となり白土が誕生します。長石は温度変化で割れやすく、割れた箇所に水が入るとアルカリ分が溶け出して分解します。この時に主成分の珪素とアルミニウムが化学反応を起こして白土が形成されるのです。白土に限らず粘土には表面に+、反対は-の電化があり、捏ねたり練ったりすると空気が抜かれて粒子同士が近づき、電気的に結合して固まるという性質があります。左官であった故・榎本新吉さんが、土の魅力を普及させる為に、土と水を使って泥団子を作っていたのですが、土の性質を良く理解したモノであったと思います。

 日本には漆を塗った板壁や柱に、白土を塗った「漆下地白土仕上げ」と呼ばれる下地の作り方がありました。また、白土を使用した粘度漆喰が土壁に使用されました。

 西洋では火山灰が使われていました。白土同様に珪素とアルミニウムを含む物質です。古代ローマ人は、火山灰を含む石灰「水硬性石灰(natural hydraulic lime)」や、消石灰に火山灰を混ぜて固める「ローマンコンクリート」の考え方をもっており、これにより多孔質で通気性がある長期耐久性を持つ大型建築を可能にしました。消石灰の組成は水酸化カルシウムで強いアルカリ性を示します。火山灰はアルカリ中で水酸化カルシウムと化合し、不溶性で硬化性のある化合物へと変化するのです。

 二酸化炭素の発生を防ぐとして、近年研究されて注目を集めている「ジオポリマー(ジオポリマーコンクリート)」という現代の考え方も、ローマンコンクリートに類似していると思われます。

 私は江戸時代に白土の別名であった「大胡粉」の「大」の字が「優れている」の意味だったのではないかと考えています。日本の絵画でも、現在考えられている以上に白土は有効に使われていたのではないかと思います。例えば、日本の絵画には「胡粉の百叩き(胡粉を絵具にする際に団子状にして百回叩く)」の使用方法が残っていますが、貝灰と白土を混ぜて百叩きする事で新たな化合物を作り出し、亀裂の起こりにくい白色顔料を作っていた可能性もあります(百叩きは細かい粒子を外側へ移動させる事で微粒子の顔料を得る方法でもあったと考えられます)。

 明治時代以降の日本の絵画は、材料の考え方が失われて形式だけが残っています。誰も疑問を持たずに制作や修復が行われています。現在、美術に携わる人間に求められる重要な事は、常に絵画とは何かを問い、それを支える「画材」についても見直して、失われた考え方を推測する事ではないかと思います。白土の主成分である珪素とアルミニウムは、地球の土台である地殻を作る主成分でもあります。日本の絵画は、まさに土台から見直すべき時ではないでしょうか。



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