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『現代日本画とGAO ART MATERIALS ①』


講習テキスト

株式会社小島美術

小島 暁夫


●はじめに

 弊社製品はメディウム開発者の上田邦介氏によって、彼が代表を務めていた画材店のみで販売されていました。弊社設立後はその商品製造を引き継いで、卸売メーカーを通して全国の各画材店で取り扱いが出来るようになっています。製品の名称の殆どは、上田邦介氏の命名です。パッケージについてはやや素朴な感じがありますが、弊社に製品が移行する前のパッケージデザインに似せる事で、それまでのユーザーに気付いてもらいやすいようにしました。また、シリーズ名としてのGAO ART MATERIALSは弊社設立と共に使用し始めた名称になります。

 動物性膠が主流の日本画において、弊社が「アートグルー」等の異なる材料を提案する理由について、まず現代日本画がどのような絵画ジャンルであるのかを知っていただきたいと思います。弊社材料に限らず、絵画材料の詳細な説明には少なからず歴史的背景の理解が必要になります。

 尚、「膠」について中日辞典では「胶」と書かれます。接着成分としての解釈で、合成樹脂をも含む幅広い意味を持ちます。フランス語の「colle」も膠という意味で使用されますが動物性の糊剤のみを指す事はありません。日本でもアラビアゴムに似た性質を持つ「桃膠」やシェラック樹脂の「紫膠」、植物のヌルデを「白膠」と表記する等、現代日本画で用いられている動物性膠以外にも膠の文字が使用されています。以下、本文内の「膠」は、広辞苑で定義している獣・魚類等から得られるゼラチンを主成分とする膠を指して使用しています。


●第一部 「日本画」という言葉と曖昧な定義

 「日本画」という言葉は、明治15年にお雇い外国人として来日したアーネスト・フェノロサ(政治学者・哲学者)が、龍池会での講演『美術真説』にて用いたJapanese PaintingあるいはJapanese style Paintingが直訳された言葉です。彼は日本画の特徴として「写実を追わない・陰影がない・鉤勒(輪郭線)がある・色調が淡白・簡潔な表現」といった様式美についての5項目を挙げています。また、フェノロサの通訳でもあり日本美術界に大きな影響力を持つ事になる思想家の岡倉覚三(天心)は、東洋思想を含む概念芸術として日本画を捉えています。彼の著書『東洋の理想』は「アジアは一つである」という言葉から始まり、芸術を通して日本に流入する西洋思想に対しての抵抗が書かれています。

 明治時代は「富国強兵」「殖産興業」のスローガンのもと、急激に西洋化が進んだ激動の時代。神道復権により「廃仏毀釈」等もあり、それまでの文化が古臭いモノとして近代化に大きく舵を取る事になりました。日本美術を飲み込む西洋絵画の流れも激しく、日本文化を保守する動きが日本画という言葉を作り出したと言えます。

 西洋化に対する保守派の抗いは「書ハ美術ナラズ」論争(「東洋學術雑誌」に掲載された記事上での論争)でも見て取れます。教育に鉛筆を導入しようと働きかけた小山正太郎の記事に対して、岡倉覚三(天心)が毛筆の芸術性を唱えて反論しました。

では、先人達の抵抗により東洋の考え方は守られてきたのでしょうか?

 『丹青指南』(大正15年刊)は狩野派の末裔、市川守静の口述を纏めた絵画技法書です。「絵畫は不朽の盛事と云ふに斯くては筆を措て輒ち剝落するもの生ずべし慨歎すべきことなり。」と書かれていて、当時の絵画作品にトラブルが多くあった事が窺えます。また、鹽田力蔵著『東洋絵具考』(昭和17年)では、「但し、本書その他にも、膠は煮沸することになつて居り、一般畫家の習慣は、他の技術書と相違する。」という一文があり、材料の使用方法の変化があった可能性もあります。

 戦後は近代日本画を否定する「日本画滅亡論」が広まります。斬新な表現を求められた現代日本画は、画風のみならず材料においても合成樹脂を用いた挑戦的な作品が作られます。残念ながら当時の樹脂を用いた作品には材料的にあるいは方法的に失敗した作品が多く見られた事から、その後の日本画界には合成樹脂に対して疑問視する空気があります。一方で樹脂の研究も進み、我々の生活は樹脂なしでは成り立たなくなる程に実用的な材料となっている事も確かです。

 展覧会等では未だに膠による亀裂を目にする事があります。洋画への対抗意識や新材料への嫌悪感による現代日本画の美術教育は、膠という材料に対して学術的な理解よりも感覚的な解釈によって行われてきたように思えます。同時に、こうした感覚は国名を冠する絵画ジャンルとしての日本画の定義を更に曖昧にしてきたようにも思えます。

 弊社では従来の膠を否定するモノではなく、現代日本画に囚われる事もない材料の一つとして考えています。表現の多様化する現代日本画界において、商品的価値をサポートする材料の選択肢を増やす事は、少なからず考慮されても良いのではないかと思っています。「何で描くのか」という問題以上に、日本画として「何を描くのか」という事柄は、芸術が持つ哲学としての文化的一面です。弊社WEBサイトに掲載のある「GAO ART MATERIALSが画材とは何かを問う」とは、弊社製品が日本画を見直すきっかけとなる事を望み、作品の文化的価値を現代日本画家達に問いかけた言葉です。

(「第二部 変化してきた日本画材料」へ続く)

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