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『現代日本画とGAO ART MATERIALS ②』


講習テキスト

株式会社小島美術

小島 暁夫


●第二部 変化してきた日本画材料

 「伝統」という言葉が多く用いられる日本画ですが、時代によってその表現や材料は異なります。画材はモノ(物質)ですので、至極当然のように無くなりもすれば変化もしていきます。現在言われている日本画のイメージとは異なり混乱する人もいると思いますが、「伝統的な絵画」「宝石に近い天然鉱物を使用した絵画」といったキャッチコピーは、現代日本画の説明ではなく、セールストークのように思えます。

 では、弊社製品にも取り扱いのある「顔料」と「糊剤」について考えたいと思います。

 先ずは白色顔料の「胡粉」についてです。江戸時代初期の土佐派の文献『本朝画法大伝』では、胡粉に3種ありとして鉛白、白堊(白土(大胡粉))、蛤の貝灰(面胡粉)が紹介されています。組成は塩基性炭酸鉛、珪酸アルミニウム、水酸化カルシウムで、それぞれ異なる特徴を持っています。江戸時代後期には主に貝灰、現在では風化させた貝殻を粉砕した炭酸カルシウムが胡粉として市販されています。(1400年頃のチェンニーノ・チェンニーニの書でも紹介されるビアンコ・サンジョヴァンニのように、水酸化カルシウムの白色顔料としての使用は西洋でも見られました。)

 市川守静著『丹青指南』(大正15年刊)では牡蛎の貝灰が胡粉として紹介されていますが、同時に明治時代になり胡粉の剥落等のトラブルが多い事について書かれています。著者の市川守静は胡粉の溶き方に原因があるとして、この文献ではそれまで口伝であったと思われる溶き方が詳細に記載されています。弊社では溶き方の問題ではなく、材料そのものの変化があった事が原因ではないかと考えています。炭酸カルシウムへの胡粉の移行については、アートグルーのような糊剤は有効かと思います。また、膠絵に関しては、軸装や屏風等から額装へと変化した仕立てについても、使用されてきた裏打ち紙等の材料からそれまでの保管の考え方を再考しても良いと思います。このような検討は「保存修復」を行なう機関でも余りされていないように感じます。

 次は岩絵具についてです。岩絵具のような粗い粒子が主流に思われがちな日本画ですが、江戸時代は鉱物の粉砕によって得られる顔料はそれ程多くはありません。孔雀石や藍銅鉱の塩基性炭酸銅や、鶏冠石や石黄の硫化砒素くらいです。明治時代に入り、天然岩絵具の種類がほんの少し増え、新岩絵具(人工的に有色不透明なガラス質の鉱物を作り粉砕・分級した岩絵具)のような絵具も登場しますが、現在のような多種の鉱物と分級による多彩な色が登場するのは戦後になってからです。

 画材業界では日本画材料として製造されてきた岩絵具や水干絵具等の顔料と、西洋で研究が進んだピグメント(西洋顔料)を区別して販売していますが、本朱(バーミリオン)のように日本画材料と洋画材料の組成が同一の顔料もあります。また、日本画材料として販売のある現在の水干絵具は、ピグメント(西洋顔料)で色付けがされていますし、江戸時代でもプルシャンブルー(ドイツで発見されたピグメント)をベロ藍として使用していた事から明確な区別は難しいのです。実際には東西の区別を問わずに様々な顔料を現代日本画では使用している事になります。西洋でも古くは日本画と同様に天然鉱物を砕いた顔料や天然土や染料を使用しており、特にここ数年の洋画においては流行りもあり天然鉱物から得られる顔料を油絵具や水彩絵具に絵具化するメーカーもあります。

 糊剤に関しても考えたいと思います。

 「膠絵=日本画か?」という問いに対し、名言を避ける第一線で活躍するプロの画家もいます。膠は日本画の主流ではありますが、東アジアの国々では膠を用いた絵画が現在でもあります。西洋でも過去に写本や舞台美術等の目的で「デトランプ」(水性糊剤全般を指す事もある)と呼ばれた膠絵がありました。つまり、膠を使用しているという事だけでは日本画を語れないのです。材料に依存する日本画の定義は曖昧であり、また、概念芸術としての日本画はこれまでの美術教育では育まれてこなかったと言えます。「油絵のようだ」と揶揄されてしまう現代日本画作品も多い事を考えると、膠という材料に頼る余り、日本画としての概念や感覚が欧米化されてきたとも言えるのではないでしょうか。

 膠についての大きな変化は近代の戦争によってもたらされました。元々膠は武具や弓等を接着する役割で軍需産業の材料として使用されてきました。兵器が近代化しても戦闘機の接着の一部に膠が使用されており、強い耐水性が求められる事になります。膠は和膠から洋膠(工業用ゼラチン)へと変わり、明治以降の日本の絵画からその使用が見られます。(それでも2010年頃迄は姫路の清恵商店で「三千本膠」としての和膠製造があり日本画の主流でした。三千本膠の製造中止によって日本画界では日本画家達による膠の研究が急増する事になります。)

 現在の湯煎による溶解方法もこの洋膠の考え方が伝わった事によるのかも知れません。先述した『丹青指南』では膠は「煮沸」して溶解するとしています。また、鹽田力蔵著『東洋絵具考』(昭和17年刊)では当時の画家の溶解方法が、煮沸と書かれた技術書と相違しているとする一文があります。煮沸は熱殺菌による防腐効果を考えたやり方ではないかとして試験をされた人もいます。膠に防腐剤の添加を嫌う画家も多いのですが、西洋の卵テンペラで酢酸が用いられたように、腐敗しやすい蛋白質への防腐処置は考慮されても良いのではないかと思えます。

 JIS(K6503・日本産業規格)に定められた洋膠(にかわ及びゼラチン)は1種~5種に分けられ、ゼリー強度・粘度・水分・灰分・油脂分・不溶解分等が数値化されています。画材業界でこうした数値を見る事が少ないのは、これまで画材メーカーが表記してこなかった事や2次加工して販売される膠があった為かと思われます。

 国立西洋美術館の分析によって、「兎膠」として販売のある膠から牛や豚の成分が検出されたという記事が2023年に出た事で、膠の表記をどうするのかといった問題が出ました。しかし、「鹿膠」として他の動物から得られる膠を販売しているメーカー等も以前からあり、あくまで商品名として使用されてきた事を知る日本画家は少なくなく、それ程大きな問題には発展しませんでした。また、動物の種類が特定出来たとしても抽出時の条件や方法によって膠の性質は大きく変わります。個人的にはJISの数値や種類の表示をしたとしても現代日本画の表現が何か変化する訳ではないと感じています。

 いづれにしても洋膠を含めて膠には、非常に硬い膜を作る性質と、湿度の影響を受けて大きく歪みが生じる等の特徴があり、パネルに四方貼りされた一枚の和紙で大作を描くような絵画においては物理的に亀裂等の危険性が付き纏います。この特徴は最も注意しなければならない膠の特徴です。デトランプを紹介したロバート・マッセイ著『画家のための処方箋』(1967年刊)では紙に描く場合の膠は特に薄めた溶液にするといった注意点が書かれていますし、ジャン・リュデル著『絵画の技法』(1950年刊)では、膠には多くの定型的表現(便法)が生じているとし、三層を超えない重ね塗りを勧めています。デトランプと現代日本画では条件の異なる箇所も多いとは思いますが、膠の持つ大きな特徴を捉えているように思えます。


●おわりに

 絵画材料は画家にとって第一に考える事柄ではないのかも知れません。しかし、材料に対して自身の概念を持つ事で、初めて芸術哲学や表現と真摯に向き合えるような気がします。GAO ART MATERIALSシリーズは、現代材料の可能性と東洋の材料学の再考により現在に至ります。日本画とは包装紙としてのパッケージではなく、中身となる一つの文化であり、「日本画とは何か?」という問いは、現代日本画家が放棄してはならない最も重要な哲学ではないかと思います。

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